金月服部(2019)はタクシーの営業戦略の改善シナリオをユーザーに複数提示するために,マルチエージェントシミュレーションからそのシナリオを発見する手法を提案している1.複数のシナリオを提示するのは,コンピュータによる探索から,最適な一つの改善シナリオを発見したとしても,現実社会に適用が困難なシナリオである可能性があるためである.目的とするシナリオは,より多くの顧客を獲得できる運転行動の分布である.

シミュレーションは京都市の都市交通を対象としている.この交通は現実に近づけるために,一般車両,バス,タクシーが混在したものとなっている.シミュレータには,MATSim-Kが用いられている.MATSim-Kは大規模マルチエージェントシミュレーションツールキットであるMATSimを拡張したシミュレータである.このシミュレータでは,割り当てられたODを基に走行経路を決定し,個々の運転行動モデルに基づいて走行する多数のエージェントの振る舞いを計算できる.

シミュレータへの入力パラメータとして,運転者の個性を表現する複数のモデルを用意し,それらのモデルごとの台数の分布を探索する必要がある.膨大なパラメータの探索手法として,メタヒューリスティックスアルゴリズムが用いられている.また,運転者クラスはタクシー運転者の営業行動が営業地域により異なる傾向となるよう設計されている.これらのタクシー運転者の営業行動は,事業者から提供されたプローブデータから,モデル化されている.

多点局所探索の結果,パラメータにより顧客獲得回数に差が生じることを確認された.さらに,50点の局所解をクラスタリングした結果から,異なる傾向を示す3つのクラスへ分類した.これらのクラスはそれぞれ異なる運転者クラスの構成比率に基づいた営業戦略を表している.たとえば,ある候補は「四条通りと京都北を中心に付け待ちと流しをバランス良くおこなう戦略配置」を表す.

これらの結果から,マルチエージェントシミュレーションとメタヒューリスティックアルゴリズムを用いたパラメータ探索手法は,複数の改善シナリオを提案可能であるとされている.この手法は対象がタクシーの営業戦略でない場合にも,一般に広い解空間を持ち,解の性質が不明である問題に有効であると結論づけられている.

Footnotes

  1. 金月寛彰,服部宏充,“マルチエージェントシミュレーションによるタクシー営業戦略の改善シナリオの提案,” 人工知能学会論文誌,vol. 34,no. 3,pp. C-IA2_1-9,May 2019